年金開始75歳法案、14日審議入りへ 「緊急事態」も先送りせず
▼ページ最下部
001 2020/04/12(日) 23:13:54 ID:.ZQDRsfwLY
047 2020/04/18(土) 14:13:50 ID:E1QSolETw.
>>46 日野原先生は何度かお会いしているからしっているよ。
講演のときとか、控室まではまわりを関係のかたがたの支援を受けて車いすでおいでになり、車いすの上で話しもせず静かにされていて、大丈夫なんかなと思わせるんだけど、講演の時間になり「先生お願いします」というと、急に表情がきりっとして、すっと立ち上がり、さっそうとお客さんの間を通って登壇されるのだ。
ほんの短い時間でもでもきちんと休んで英気を養っていたのだろうね。
ホントすごい人だと思ったよ。
日野原先生にはものすごい数の講演の依頼とかがあったのだけど、体力のことを考えれば、移動に車いすをつかったりしていたけど、先生のイメージを考慮して、関係者で入念にルートも検討しいた。
お客さんがいると先生も元気な姿を見せないわけにいかないから、アクターを務める負担を考慮して、会場での滞在時間を可能な限り短くするために会場にお客さんの入退場とは別ルートを用意させるなどの工夫もチームで行っていた。
先生の強い意志と日常の身体のメンテナンスが、すばらしいからだけどね。
ちなみに105歳までただ生きる可能性は0.009%。
そんな特殊な事例を出さないと75歳から受給するという想定がそもそもあり得ないのだろうね。
普通の人はこんなふうになれないから一般国民は、60歳から受給したほうがよいという事例だね。
返信する
048 2020/04/18(土) 14:20:06 ID:NbfdMPkp1U

片岡球子 103歳没
片岡 球子(かたおか たまこ、1905年(明治38年)1月5日 - 2008年(平成20年)1月16日)は、昭和から平成時代にかけて活躍した日本画家である。日本芸術院会員[1]、文化功労者・文化勲章受章者[2]。北海道札幌市出身。
1976年(昭和51年)勲三等瑞宝章を受章。1982年(昭和57年)には日本芸術院会員に選ばれ[1]、1986年(昭和61年)には文化功労者として顕彰された。1989年(平成元年)には文化勲章を受章している[2]。女性画家の受章は上村松園、小倉遊亀についで三人目(故にこの三人を「日本三大女流画家」と称することもある)。
100歳を迎えてから脳梗塞に倒れたが、療養に努めながら現役を続けていた。2008年(平成20年)1月16日21時55分に急性心不全のため神奈川県藤沢市内の病院で死去。103歳没。叙従三位。
返信する
049 2020/04/18(土) 14:33:00 ID:NbfdMPkp1U

小倉 遊亀 105歳没
小倉 遊亀(おぐら ゆき、1895年3月1日 - 2000年7月23日)は、日本画家。本名、ゆき。旧姓、溝上。
滋賀県大津市出身。奈良女子高等師範学校卒。1926年に院展に入選し、1932年に女性として初めて日本美術院の同人となった。色彩に富む人物画や静物画が特徴で、上村松園とともに日本を代表する女性画家で、作「O夫人坐像」「小女」「浴女」[1]など。奈良女子大学の講堂の緞帳は、小倉遊亀の「爛漫」、滋賀県立大津高等学校の体育館の緞帳は「うす霜」という原画によるものであった。
https://note.com/hisatune/n/n95cca58cd2d... その小倉遊亀は、83歳で文化功労者となり、85歳で文化勲章を受章する。そして95歳から101歳までの6年間を日本美術院理事長をつとめ、なんと104歳では個展をパリで開催している。
返信する
▲ページ最上部
ログサイズ:39 KB
有効レス数:49
削除レス数:0
不適切な書き込みやモラルに反する投稿を見つけた時は、書き込み右の マークをクリックしてサイト運営者までご連絡をお願いします。確認しだい削除いたします。
ニュース経済掲示板に戻る 全部
前100
次100 最新50
スレッドタイトル:年金開始75歳法案、14日審議入りへ 「緊急事態」も先送りせず
レス投稿